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【歴史①】カメハメハは一人じゃない!ハワイ王国を導いた歴代8人の王たち

2026 8/02
ハワイの歴史
目 次

ハワイ王国を一気にたどる

王冠が渡るたび、ハワイは変わった

「カメハメハ大王」の名は、日本でもよく知られています。

けれど、ハワイ王国の物語は、カメハメハ1世ひとりで終わったわけではありません。王位はカメハメハ2世、3世、4世、5世へと受け継がれ、その後はルナリロ王、カラカウア王、そして最後の君主リリウオカラニ女王へと渡っていきました。

1810年に統一王国が成立してから、1893年に王政が倒されるまで、およそ80年。ハワイ王国を治めたのは、合わせて8人の王と女王です。

同じ王冠を受け継いでも、8人が向き合った問題も、選んだ道もまったく違いました。華やかな王宮の裏では、外国との難しい外交、急激な人口減少、病気の流行、王位継承をめぐる不安、そして国の独立を守るための苦しい決断が続いていたのです。

「カメハメハは、なぜ5世までいるの?」
「王が選挙で選ばれた時代があったの?」
「フラを再び表舞台へ戻した王は誰?」

この【歴史①】では、そんな疑問への入口として、歴代8人を在位順にたどります。

まずは、それぞれの王と女王が「何を変え、何を守り、何を次の時代へ残したのか」を見ていきましょう。名前だけでは遠く感じる歴史人物も、その決断や悩みを知ると、一人ひとり違った魅力を持つ人間として見えてきます。

出典:Hawaiʻi State Archives, “Archives Month 2018”/ Ralph S. Kuykendall, The Hawaiian Kingdom, Vols. 1–3

カメハメハ1世

すべては、この王から始まった

「カメハメハ大王」の名を聞いたことがある人は多いでしょう。

カメハメハ1世(Kamehameha I)は、戦いと交渉によってハワイ諸島を一つにまとめ、ハワイ王国の土台を築いた王です。

強い戦士として知られる一方で、「カナワイ・マーマラホエ(折れた櫂の法)」を定め、弱い立場の人々を守ろうとした一面もありました。

力だけではなく、判断力と人をまとめる力を持っていたからこそ、最初の王になれたのでしょう。

そして王冠は、息子リホリホ――カメハメハ2世へと受け継がれます。

出典:Hawaiʻi State Archives/U.S. National Park Service

カメハメハ2世

伝統を打ち破った若き王

偉大な父のあとを継ぐ――それだけでも、大きな重圧だったことでしょう。

カメハメハ2世(Kamehameha II)は、個人名をリホリホ(Liholiho)といい、若くして王位につきました。

彼は、カメハメハ1世の王妃であるカアフマヌ(Kaʻahumanu)らとともに、長く人々の暮らしを支配してきたカプ制度を終わらせます。それは食事の決まりだけでなく、ハワイ社会の形そのものを変える大きな決断でした。

古い時代を終わらせ、その先にある新しいハワイを模索した若き王。しかし、王妃カマーマルとイギリスを訪問中に二人とも病に倒れ、帰国することなく亡くなりました。

短い生涯でしたが、ハワイを次の時代へ動かした王です。王冠は弟のカウイケアオウリ――カメハメハ3世へ受け継がれます。

出典:Hawaiʻi State Archives, “King Kamehameha II”/ U.S. National Park Service, “Kamakahonu”

カメハメハ3世

少年王が守り抜いたハワイ

兄を失い、まだ少年のうちに王となったカメハメハ3世(Kamehameha III)。個人名はカウイケアオウリ(Kauikeaouli)です。

外国の影響が強まるなか、彼はハワイを独立した国として守るため、憲法を制定し、新しい国の仕組みを整えていきました。

一時はイギリスによってハワイ王国の主権を奪われましたが、国が返還された日、王は喜びと感謝を込めて、次の言葉を残しました。

「Ua mau ke ea o ka ʻāina i ka pono」「土地の命は、正しい行いによって永遠に保たれる」という意味です。ここでいう「命」には、ハワイの国としての主権や、人々が受け継いできた暮らしも重なっています。

この言葉は、現在もハワイ州の標語として受け継がれています。

古くからのハワイと変わりゆく時代の間で、国を守るために長いあいだ難しい舵取りを続けた王でした。

王冠は、甥であり養子となったアレクサンダー・リホリホ――カメハメハ4世へと受け継がれます。

出典:Hawaiʻi State Archives/ State of Hawaiʻi, Hawaiʻi Revised Statutes §5-9

カメハメハ4世

人々の命を守るために労した若き王

カメハメハ4世(Kamehameha IV)は、カメハメハ3世の甥であり、幼くして養子となり、後継者に選ばれた王です。個人名はアレクサンダー・リホリホ(Alexander Liholiho)といいます。

当時のハワイでは、外国から持ち込まれた病気によって、多くの人々が命を失っていました。

その状況に心を痛めた王は、エマ王妃とともにクイーンズ病院を設立します。二人は資金を集めるため、ホノルルの家や店を自ら訪ねて寄付をお願いしました。

王宮にいるだけではなく、人々の命を救うために自ら歩いた若き王。その願いは、現在のクイーンズ・メディカル・センターにも受け継がれています。

王冠は、兄のロット・カプアイワ――カメハメハ5世へと渡ります。

出典:Hawaiʻi State Archives, “King Kamehameha IV”/ The Queen’s Health Systems, “Our Founders Legacy”

カメハメハ5世

ハワイの誇りを守った王

カメハメハ5世(Kamehameha V)は、弟カメハメハ4世の死後に王位を継いだ人物です。個人名はロット・カプアイワ(Lot Kapuāiwa)といいます。

国をしっかりとまとめようとした強い意志の持ち主でしたが、その一方で、外国の価値観によって肩身の狭くなっていたフラを、ハワイの大切な文化として守ろうとしました。

政治では厳格でも、ハワイの人々が受け継いできたものを失わせたくなかったのでしょう。フラを学ぶ人たちにとって、忘れてはならない王の一人です。

カメハメハ5世が亡くなると、カメハメハ家の王たちの時代は終わり、次の王は選挙によって選ばれることになります。

王冠は、ルナリロ王へと渡ります。

出典:Hawaiʻi State Archives, “King Kamehameha V”/ ʻIolani Palace, “The Royal Order of Kamehameha I”

ルナリロ王

人々に選ばれ、人々を思った王

ルナリロ王(Lunalilo)は、カメハメハ5世の死後、民衆から圧倒的な支持を受け、議会によって王に選ばれました。個人名はウィリアム・チャールズ・ルナリロ(William Charles Lunalilo)です。

親しみやすい人柄から「国民の王(The People’s King)」と呼ばれましたが、在位はわずか1年ほどでした。

ルナリロの思いやりは、王になる前に残した遺言にも表れています。自らの土地を、生活に困るハワイの人々、とりわけ高齢者を支えるために役立てるよう託したのです。

その願いから生まれたルナリロ・ホームは、今もクプナ(高齢者)を支え続けています。

短い治世のなかでも、人々に愛され、その後の世代まで思いやりを残した王でした。

ルナリロ王が後継者を定めずに亡くなると、次の王を選ぶため、再び議会による選挙が行われます。

王冠は、カラカウア王へと渡ります。

出典:King Lunalilo Trust, “Life of Lunalilo”/ King Lunalilo Trust, “Our Mission & Values”/ Hawaiʻi State Archives

カラカウア王

カーヴィカ――歌とフラを愛した王

ルナリロ王の死後、議会の投票によって王に選ばれたカラカウア王(Kalākaua)。個人名はデイヴィッド・ラアメア・カラカウアです。

「カーヴィカ(Kāwika)」は、デイヴィッド(David)をハワイ語で表した名前です。フラを学ぶ人には、王を讃える有名なメレ・イノア「Kāwika」で親しみのある王かもしれません。

カラカウアは、音楽や踊りをこよなく愛し、長く公の場から遠ざけられていたフラを、再び人々の前で輝かせました。

華やかで陽気な人柄から「メリー・モナーク(Merrie Monarch/陽気な王)」と呼ばれましたが、その心にあったのは、失われかけていたハワイの誇りを取り戻したいという強い願いでした。

歌い、踊り、言葉で歴史を伝える――。カラカウアが守ろうとした文化は、今も世界中のフラへと受け継がれています。

王冠は、妹のリリウオカラニ女王へと渡ります。

出典:Hawaiʻi State Archives, “Archives Month 2020”/ Hawaiʻi State Archives, “Archives Month 2024”/ Ulukau, Combined Hawaiian Dictionary, “Kalākaua”/ Huapala, “Kawika”

リリウオカラニ女王

国を失っても、人々への愛を手放さなかった女王

兄カラカウア王のあとを継いだリリウオカラニ女王(Queen Liliʻuokalani)は、ハワイ王国最後の君主です。

「アロハ・オエ」をはじめ、多くの美しい歌を残した音楽家でもありました。しかし、女王として歩んだ道は、決して穏やかなものではありませんでした。

リリウオカラニは、弱められていた王国の力とハワイの人々の声を取り戻そうとします。けれども強い反対を受け、1893年、ハワイ王国の王政は倒されました。

王位を失ったあとも、女王はハワイのために声を上げ続けました。そして晩年には、自らの財産を、親を失った子どもや生活に困る子どもたちのために役立てるよう託します。

苦しい出来事を経験しても、音楽を愛し、人々を思い続けた女王。その強さと慈しみは、今もハワイの歌やフラ、人々の心に受け継がれています。

リリウオカラニ女王を最後に、ハワイ王国の王冠が次の君主へ渡ることはありませんでした。しかし、彼女たちが守ろうとしたハワイの文化と誇りは、そこで終わったわけではありません。

出典:
Liliʻuokalani Trust, “Her Story”/ Liliʻuokalani Trust, “Deed of Trust”/ ʻIolani Palace, “Queen’s Imprisonment”

【画像について】本記事に掲載している人物画像は、実在する写真や、公的機関・博物館・公文書館などに残る肖像資料を参考に制作したイラストです。写真が残っていない人物については、歴史的な肖像画や当時の服装資料をもとにしています。本人の特徴や時代背景を尊重していますが、写真や肖像画を完全に複製したものではありません。

 

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