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Queen’s Jubilee(クイーンズ・ジュビリー)|リリウオカラニが歌詞に込めた祝福とハワイの誇り

2026 8/03
文化・歴史
目 次

ウェルドン・ケカウオハの歌声からたどる「Queen’s Jubilee」

「Queen’s Jubilee(クイーンズ・ジュビリー)」を、Weldon Kekauoha(ウェルドン・ケカウオハ)の歌声で知った方も多いのではないでしょうか。

ゆったりと流れる旋律には、王室の祝典を思わせる華やかさと、どこか気品のある温かさがあります。フラで踊られる姿を見て、ハワイ王国にまつわる歌だと感じた方もいるかもしれません。

ウェルドンが歌う「Queen’s Jubilee」は、2003年に発表されたアルバム『Kanaka Maoli』の1曲目に収録されています。しかし、この曲が生まれたのは、それより100年以上前の1887年です。

作詞・作曲したのは、のちにハワイ王国最後の君主となるリリウオカラニ。当時はまだ女王ではなく、兄カラカウア王の後を継ぐ王位継承者、リリウオカラニ王女でした。

歌が生まれた場所はハワイではありません。遠く離れたイギリスのロンドンです。

そこでは、ヴィクトリア女王の在位50周年を祝う「ゴールデン・ジュビリー」が開かれ、世界各国から王族や要人が集まっていました。ハワイ王国からもカピオラニ王妃とリリウオカラニ王女が出席し、独立国ハワイを代表して華やかな祝典の場に立っていたのです。

現在も歌い継がれる美しいフラ曲の向こうには、世界の王族と肩を並べたハワイ王国と、その誇りを歌に残したリリウオカラニの物語があります。

1887年、世界の王族が集ったロンドンへ

1887年、イギリスではヴィクトリア女王の在位50周年を祝う「ゴールデン・ジュビリー」が開かれました。

世界各国から王族や要人が招かれるなか、ハワイ王国からロンドンへ向かったのは、カラカウア王の妃カピオラニ王妃と、王位継承者だったリリウオカラニ王女です。二人はハワイ王国を代表し、遠く離れたヨーロッパの祝典へ参加しました。

一行は1887年4月12日にホノルルを出発し、サンフランシスコからアメリカ大陸を横断してニューヨークへ。その後、大西洋を渡り、6月にはロンドンに到着します。

6月13日にはバッキンガム宮殿でヴィクトリア女王に謁見し、6月21日にはウェストミンスター寺院で行われた記念式典に出席しました。

この式典でカピオラニ王妃が身につけた、孔雀の羽根をあしらった華やかな衣装は、現在もジュビリーを象徴する姿として知られています。しかし、その美しさは単なる装いではありませんでした。

世界の王族が集う場所に、ハワイ王国の王妃と王女も並んでいたのです。

当時のハワイは、独自の王をいただき、諸外国と外交関係を結ぶ独立国でした。カピオラニ王妃とリリウオカラニ王女の姿は、遠い太平洋の島国ハワイが、国際社会の一員として認められていたことを物語っています。

その華やかな祝典を翌日に控えた6月20日、リリウオカラニは滞在先のアレクサンドラ・ホテルで、一曲の歌を書きました。

それが「Queen’s Jubilee」です。

1887年、ヴィクトリア女王のゴールデン・ジュビリー出席時にロンドンで撮影されたカピオラニ王妃(52歳)(右)とリリウオカラニ王女(48歳)(左)/ 出典:Hawaiʻi State Archives, Photograph Collection, PP-98-11-008

リリウオカラニが歌に込めた祝福とハワイの誇り

「Queen’s Jubilee」が書かれたのは、1887年6月20日。リリウオカラニ王女が滞在していた、ロンドンのアレクサンドラ・ホテルでした。

翌日に控えていたのは、ヴィクトリア女王の在位50周年を祝う記念式典です。リリウオカラニは、その歴史的な祝典に寄せて、自らハワイ語の歌詞を書き、曲をつけました。

歌のはじめに綴られているのは、ヴィクトリア女王への敬意と祝福です。その名声は北の海から南の地まで広く知られ、世界各地の人々が女王の大きな節目を祝っていると歌われています。

けれども、この歌が伝えているのは、イギリス女王への賛辞だけではありません。

歌詞には、世界中から王や女王たちが集う祝典に、ハワイも加わっていることが記されています。遠い太平洋から訪れたハワイ王国も、ほかの国々とともにヴィクトリア女王を祝福している——そこには、独立国ハワイを代表してロンドンに立つリリウオカラニの誇りが感じられます。

当時のハワイ王国は、欧米やアジアの国々と外交関係を結び、国際社会の一員として歩んでいました。「Queen’s Jubilee」は、その時代のハワイの姿を、王女自身の言葉と旋律で今に伝える歌でもあるのです。

リリウオカラニは、ハワイ語の歌詞だけでなく英訳も残しました。歌に込めた思いを、ハワイの人々だけでなく、海外の人々にも届けようとしていたことがうかがえます。

1887年6月21日、ロンドンで行われたヴィクトリア女王のゴールデン・ジュビリーの行列/ 出典:Wikimedia Commons, Queen Victoria’s Golden Jubilee procession, 1887(Public Domain)

華やかな祝典のあと、祖国から届いた知らせ

ロンドンでのゴールデン・ジュビリーを終えた一行は、その後、ヨーロッパ各国を訪れる予定でした。

ところが、華やかな祝典からほどなくして、滞在先のホテルにハワイから重大な知らせが届きます。ホノルルで政治的な混乱が起こり、兄カラカウア王が厳しい状況に置かれているというものでした。

1887年7月6日、カラカウア王は、武装した白人秘密結社からの圧力を受けて新しい憲法に署名します。後に「銃剣憲法」と呼ばれるこの憲法によって、王の権限は大きく制限され、選挙権にも財産や収入による条件が設けられました。多くのハワイ先住民やアジア系住民が政治への参加を制限される一方、ハワイ国籍を持たない欧米系住民にも投票への道が開かれました。

祖国の危機を知ったカピオラニ王妃は、予定していたヨーロッパ訪問を取りやめ、帰国を急ぐことを決めます。一行はリヴァプールからS.S. Servia号に乗り、ニューヨークへ向かいました。

「Queen’s Jubilee」が書かれた6月20日の時点で、リリウオカラニがこの出来事を知るよしもありませんでした。そのため、この歌を王国の危機を予感した歌として読むことはできません。

世界の王族と肩を並べ、独立国ハワイを代表して祝典に参加したその同じ夏、祖国では王の権限を奪う動きが進んでいました。国外で示されたハワイ王国の誇りと、国内で起きていた政治的な危機。その対照は、1887年という時代の重さを静かに物語っています。

フラが伝える「Queen’s Jubilee」の世界

「Queen’s Jubilee」は、歌詞の意味を知ることで、フラの見え方も大きく変わる曲です。

踊りの中で表現されるのは、ヴィクトリア女王への祝福、世界から集まった王族たち、そしてその輪に加わるハワイ王国の姿です。手の動きや視線の先には、華やかな祝典の情景と、国を代表してロンドンに立ったリリウオカラニの思いが重なります。

Weldon Kekauoha(ウェルドン・ケカウオハ)の歌唱は、王室をたたえる曲の気品を残しながら、現代のフラにもなじむ温かさを持っています。背景を知ってから聴くと、一つひとつの言葉がより深く感じられるでしょう。

フラは、歌の言葉や物語を体の動きで伝えるものです。踊る人から見る人へと受け渡されるたびに、「Queen’s Jubilee」に込められた祝福とハワイの誇りも、現在へと受け継がれていきます。

「Queen’s Jubilee」の歌詞と日本語訳

「Queen’s Jubilee」は、2つの節からなる歌です。ここでは原曲のハワイ語歌詞と、リリウオカラニ自身が残した英訳をもとにしたMahalo Wavesの日本語意訳をご紹介します。

第1節

Mahalo piha, Mōʻī ʻo ʻEnelani
Kuʻi kou kaulana nā ʻāina pau
Nā kai ʻākau nā one hema
ʻIkea kou ʻihi mana nui
Eia mākou i kou kapa kai
I kou lā nui Iubilī
I hiʻi mai i kou mākou aloha
Ma luna ou ka malu o ka Lani

【日本語意訳】

心からの敬意を、イングランドの女王へ
あなたの名声は、あらゆる国に響きわたり
北の海から南の砂浜まで
その偉大な威光は広く知られています

私たちは今、あなたの国の岸辺に立ち
この大いなるジュビリーの日を祝います
私たちの愛を、どうか受け取ってください
天の守りが、あなたの上にありますように

第1節では、ヴィクトリア女王の名声と威光をたたえ、遠いハワイから訪れた代表団の敬意と愛が伝えられています。

「私たちは今、あなたの国の岸辺に立つ」という言葉からは、長い海の旅を経てロンドンを訪れたリリウオカラニたちの姿が浮かびます。

第2節

Hauʻoliʻoli ʻEmepela o ʻInia
I kēia makahiki Iubilī
ʻĀkoakoa nā aliʻi ʻaimoku
A puni ke ao holoʻokoʻa
E hiʻilani e mililani
Ua hui pū ʻia me Hawaiʻi
E uhi mai ka lani i kona nani
E ola ka Mōʻī ke Akua

【日本語意訳】

喜びに満ちたインド女帝よ
このジュビリーの年に
国々を治める王や女王たちが
世界のすみずみから集まっています

敬い、心からあなたをたたえるために
ハワイもまた、その輪に加わりました
天がその栄光を包みますように
神よ、女王をお守りください

第2節で特に心に残るのが、「ハワイもまた、その輪に加わった」と歌われている部分です。

世界各国の王族が集まる祝典に、ハワイ王国も独立した国の一つとして参加していました。リリウオカラニは、ヴィクトリア女王を祝福すると同時に、世界の中に立つハワイ王国の存在を歌に刻んだのです。

※「Queen’s Jubilee」のハワイ語原詞と、リリウオカラニ自身による英訳は、1897年の歌曲集『He Buke Mele Hawaiʻi』に収録されたパブリックドメイン作品です。日本語訳は、原詞と本人による英訳を参考にしたMahalo Waves独自の意訳です。
原詞・作曲・英訳:Liliʻuokalani 日本語意訳:Mahalo Waves編集部

【参考資料・出典】
・Hawaiʻi State Archives Song Book, 1897, Liliʻuokalani of Hawaiʻi(He Buke Mele Hawaiʻi)
・Hawaiʻi State Archives Music from Queen Liliʻuokalani Manuscript Collections
・Liliʻuokalani Hawaii’s Story by Hawaii’s Queen
・ʻIolani Palace Hawaiian Royal Hats Part II: World Tour and Golden Jubilee
・ʻIolani Palace Hawaiian Royal Hats Part III: Bayonet Constitution and Illegal Overthrow
・Office of the Historian, U.S. Department of State Constitution of the Hawaiian Islands, 1887
・University of Kent, Beyond the Spectacle Queen Kapiʻolani, Princess Liliʻuokalani
・Huapala Queen’s Jubilee
・Apple Music Weldon Kekauoha & Tapa Groove, Kanaka Maoli

※原稿画像を掲載する場合
出典:Hawaiʻi State Archives, Liliʻuokalani Manuscript Collection

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