【歴史㉘】マウナ・ケアの声─続くハワイアンの祈りと誇り

目 次

マウナ・ケアが持つ聖なる意味

マウナ・ケア(Mauna Kea)は、ハワイ島の中央部にそびえる標高4,205メートルの火山です。
天文学の世界では星空観測の理想的な場所として世界的に知られていますが、ハワイアンにとってマウナ・ケアは単なる山ではありません。
それは「ワーケア(Wākea/天の父)」と「パパ(Papahānaumoku/地の母)」の間に生まれた神聖な存在とされ、神々や祖先(ʻaumākua)の宿る場所と信じられています。
多くのハワイアンが「マウナ・ケアは私たちのアイデンティティそのもの」と語るのは、この山が文化的にも精神的にも深い繋がりを持つからです。
古代の王たちもマウナ・ケアの山頂付近に足を踏み入れることを許されず、そこは特別な祈りと儀式の場として守られてきました。
今もハワイの人々にとってマウナ・ケアは「自分たちがどこから来たのか」を思い出させる、大切な聖地(sacred place)なのです。

巨大望遠鏡計画が引き起こした論争

マウナ・ケアは天体観測に適した場所として、20世紀後半から天文学者たちに注目されてきました。
澄み渡る空気と高い標高は世界屈指の観測条件を誇り、すでに山頂付近には十数基の望遠鏡が建設されています。
しかし、そこに新たに建設が計画されたのがTMT(Thirty Meter Telescope/30メートル望遠鏡)でした。
TMT計画は、科学の発展という大きな可能性を秘める一方で、多くのハワイアンにとっては「聖なる場所をさらに傷つける行為」と映りました。
山頂はただの土地ではなく、神々の住む場所であり、文化的にも深い意味を持つ場所だからです。
この望遠鏡建設をめぐって、支持と反対の声は激しくぶつかり合い、ハワイ社会の中に深い対立を生むことになりました。
マウナ・ケアを守りたい人々の願いは、単なる反対運動ではなく、自分たちの文化と尊厳を守るための闘いでもあったのです。

マウナ・ケアを守る運動と若い世代の声

マウナ・ケアを守るために立ち上がった人々は、単なる反対運動の枠を超えて、ハワイの文化とアイデンティティを取り戻す大きな動きへと発展しました。
この運動を支えるのは、祖先から受け継いだ土地への想いだけでなく、「自分たちが誰なのか」という問いへの答えを探す若い世代の情熱です。
特に、プロテクト・マウナ・ケア(Protect Mauna Kea)運動は、SNS(Social Networking Service/ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を駆使し、世界中の人々にハワイアンの声を届けました。
山のふもとに集まったカプ・カイア(Kapu Kaiā/保護キャンプ)の人々は、祈りを捧げながら、音楽やフラ(Hula)を通じて、自分たちの文化の強さを示しました。
こうした姿は多くの若者たちに「文化は生きている」という確信を与え、ハワイアンとしての誇りを再び胸に刻ませています。
マウナ・ケアは今もハワイアンに問いかけています。
「私たちは何を守り、どこへ向かうのか」という問いを。

社会に広がる波紋と文化の行方

マウナ・ケアをめぐる論争は、ハワイ社会のあらゆる層に波紋を広げました。
科学の発展を支持する人々もいれば、文化と聖地を守ることを最優先する人々もおり、島全体が「どの未来を選ぶか」という難しい問いに向き合うことになったのです。
経済や観光の発展を願う声がある一方で、「文化は経済のための道具ではない」という強い主張も響きました。
この対立は単なる開発問題にとどまらず、ハワイアンとしてのアイデンティティ、そして土地への精神的つながりを守れるかどうかという、深い問題へと発展しています。
また、マウナ・ケアの問題をきっかけに、他の島々でも土地返還運動や文化復興への関心が高まり、社会全体に「自分たちは何者なのか」という問いが改めて広がっています。
それは決して過去の歴史だけの話ではなく、今を生きるハワイの人々がなお抱えている「文化の行方」という現実の課題なのです。

未来へ紡ぐ祈りと誇り

マウナ・ケアをめぐる出来事は、単なる開発の是非を超えて、ハワイの人々に「自分たちが何者で、どんな未来を選ぶのか」という問いを突きつけました。
若い世代はSNSを活用し、世界へ声を届ける一方で、古くから伝わるメレ(詩)やフラ(Hula)に込められた祈りを受け継ぎ続けています。
「私たちは土地と共に生きる」という信念は、マウナ・ケアを超えて、ハワイ全体の文化運動へと広がりつつあります。
観光や経済発展という現実的な課題の中でも、ハワイアンの人々は文化を守り、未来へ伝えようとする力を失っていません。
そしてその姿は、世界中の人々に「本当の豊かさとは何か」を問いかけています。
マウナ・ケアは、今も変わらずハワイの空の下にそびえ立ち、人々の祈りと誇りを静かに見守っています。
次の記事では、こうした文化運動が現代のハワイ社会にどう根付き、未来へ向けてどんな挑戦が続いているのかを、さらに詳しくお伝えします。

参考文献:Noenoe K. Silva, Aloha Betrayed: Native Hawaiian Resistance to American Colonialism, 2004, Duke University Press; Davianna Pōmaikaʻi McGregor, Nā Kuaʻāina: Living Hawaiian Culture, 2007, University of Hawaii Press; Jon M. Van Dyke, Who Owns the Crown Lands of Hawaiʻi?, 2008, University of Hawaii Press; Gavan Daws, Shoal of Time: A History of the Hawaiian Islands, 1968, University of Hawaii Press

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