フラを守り抜いたカラカウア王 ─ 王が伝えたハワイの心と歌

目 次

禁じられたフラと王の決意

今では世界中で踊られているフラ(Hula)ですが、カラカウア王(Kalākaua)の時代まで、その存在は決して当たり前のものではありませんでした。
19世紀、ハワイにはキリスト教の宣教師たちが多く訪れ、彼らはフラを「異教の踊り」として激しく批判しました。
フラは一時、公共の場で踊ることを禁じられ、秘密の場所でしか舞うことができなくなってしまったのです。
しかし、カラカウア王はそんな状況を憂い、心から「ハワイの文化はフラに宿る」と信じていました。
彼にとってフラは単なる踊りではなく、王国の歴史、神話、人々の心を語り継ぐ大切な文化そのものでした。
王はこう言ったと伝えられています。
「Hula is the language of the heart, and therefore the heartbeat of the Hawaiian people.」
(フラは心の言葉、そしてハワイの人々の心臓の鼓動なのだ。)
この言葉に象徴されるように、王はフラを守り、再び人々の前で踊らせるために動き始めたのです。
カラカウア王の決意が、やがてハワイのフラを再び輝かせる大きな転機を生むことになります。

宮殿を舞台に甦るフラ

カラカウア王(Kalākaua)がフラ復興を決意すると、その舞台となったのがホノルルにそびえるイオラニ宮殿(ʻIolani Palace)でした。
王は宮殿で開く盛大な祝賀行事や戴冠式、王族の誕生日など、あらゆる機会にフラを取り入れました。
例えば、王の戴冠式では宮殿の庭に大きなラナイ(ベランダ)が設けられ、そこでフラダンサーたちが踊る姿が、外国からの賓客たちを魅了したと伝えられています。
それは単なるパフォーマンスではなく、「ハワイは独立した文化を持つ国である」という王の強いメッセージでもありました。
王は、外国人の目に触れることでフラの美しさや精神を世界に広めたいと考えていたのです。
当時の新聞には、イオラニ宮殿で踊られるフラの様子が「優雅でありながら力強い」と評され、ハワイの誇りとして大きく報じられました。
さらに王は、自らメレ(Mele/詩や歌)を作詞し、宮殿での行事で披露させることもありました。
その歌には、祖先の物語やハワイの自然の美しさ、王族の血統を讃える言葉が織り込まれており、それがフラとして踊られることで、文化の奥深さをより強く伝えていました。
こうしてイオラニ宮殿は、政治の場であると同時に、ハワイ文化の聖地とも呼べる場所へと変わっていったのです。

王自ら紡いだメレの世界

カラカウア王(Kalākaua)は、単にフラを保護しただけではありませんでした。
彼自身がメレ(Mele/詩や歌)を創作する才能を持ち、王が作った歌や詩は、今も多くのフラで踊られ続けています。
王の代表的なメレのひとつに「He Inoa No Kalākaua」があります。
これは「カラカウア王の名を讃える歌」という意味で、王の功績や人柄を称えながら、力強いリズムで踊られるオリ(Oli/詠唱)です。
また「He Lei No Kalākaua」という曲も知られ、王を花のレイにたとえ、その栄光や高貴さを表現しています。
こうしたメレには、王族の血筋を誇る言葉や、ハワイの自然を讃える表現が数多く盛り込まれており、踊る人も観る人も、その詩の美しさに心を打たれます。
カラカウア王のメレは、メロディだけでなく、そこに込められた意味を理解して踊ることが大切だと言われています。
たとえば「He‘eia(ヘエイア)」という有名な曲には、カネオヘ湾の風景が詠まれており、王の宮廷でしばしば踊られました。
そこには王の個人的な記憶やハワイの自然への愛情が織り込まれ、踊り手はその情景を表現するように舞います。
王の作るメレには、単なる言葉以上の歴史や感情が詰まっており、踊るたびにハワイアンの誇りを呼び覚ます力があります。
今も多くのフラのステージで、カラカウア王のメレが選ばれるのは、その深い文化的価値ゆえなのです。

今も響くカラカウア王への讃歌

カラカウア王(Kalākaua)が生きた時代から140年以上が経った今でも、フラの世界で彼の名前は特別な響きを持っています。
王の功績を称えるオリ(Oli/詠唱)メレ(Mele/詩や歌)は、現代のフラのステージでも欠かせない存在です。
たとえば、ハワイ最大のフラの祭典「メリーモナーク・フェスティバル(Merrie Monarch Festival)」では、毎年カラカウア王に捧げるオリが披露されます。
実はこのフェスティバル自体が、カラカウア王の愛称「Merrie Monarch(陽気な君主)」にちなんで名づけられており、王への敬意が込められているのです。
フェスティバルの開幕時には、王を讃える詠唱が響き渡り、その荘厳な声に多くの観客が静まり返る光景は圧巻です。
また、コンペティションの課題曲として、王が作詞したメレが選ばれることも多く、出場するハラウ(Hālau/フラ教室)は、その歌詞の意味や歴史的背景を深く研究し、踊りに表現を込めます。
カラカウア王を讃えるフラを踊ることは、多くのダンサーにとって誇りであり、ハワイ文化への敬意を示す行為でもあるのです。
現代のフラのステージで王の名が呼ばれるたび、観客の中には涙を流す人もいると言われます。
それは、王が守り抜いたフラの文化が、今も確かに生きている証なのです。

王が未来へ託したフラの灯

カラカウア王(Kalākaua)が行ったフラ(Hula)復興の取り組みは、単に踊りを取り戻しただけではありませんでした。
それはハワイの人々に、「自分たちは誇り高い文化を持つ民族なのだ」という強い自覚を芽生えさせました。
王が作り出したメレ(Mele/詩や歌)や、王を讃えるオリ(Oli/詠唱)は、今もフラを踊る多くの人々に大きな意味を持ち続けています。
舞台の上でカラカウア王のメレを踊るとき、ダンサーたちは単に振りを踊っているのではありません。
王が守りたかったハワイの風、波、花、そして人々の心を、自分の身体で語り継いでいるのです。
だからこそ、多くのフラダンサーにとって、王の名前は特別な響きを持ちます。
今もハワイの空の下で、そして世界中のステージで、カラカウア王のフラは息づいています。
王が未来へ託したその灯は、踊る人々の胸の中で、これからも消えることなく輝き続けるでしょう。

参考文献:Noenoe K. Silva, Aloha Betrayed: Native Hawaiian Resistance to American Colonialism, 2004, Duke University Press; Davianna Pōmaikaʻi McGregor, Nā Kuaʻāina: Living Hawaiian Culture, 2007, University of Hawaii Press; Jon M. Van Dyke, Who Owns the Crown Lands of Hawaiʻi?, 2008, University of Hawaii Press; Ralph S. Kuykendall, The Hawaiian Kingdom Volume 3: 1874–1893, 1967, University of Hawaii Press; Gavan Daws, Shoal of Time: A History of the Hawaiian Islands, 1968, University of Hawaii Press

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