ハワイを歌で守ったリリウオカラニ女王 ─ 女王が残したフラの調べ
音楽に生きた女王の心
リリウオカラニ女王(Liliʻuokalani)は、ハワイ王国最後の君主でありながら、ただ政治の表舞台に立つだけの存在ではありませんでした。
彼女は心からメレ(Mele/詩や歌)を愛し、自ら数多くの曲を作り出した、まさにハワイ音楽界の巨星でした。
ハワイの人々が困難に立ち向かうとき、女王の歌は希望の光となり、多くの人々の心を支えたのです。
女王はこう語ったと言われています。
「The voice of the people is the voice of God.」
(人々の声こそ、神の声なのです。)
彼女にとってメレは、自らの思いを託す祈りであり、国を守るための力でもありました。
政治的な緊張が高まる中でも、女王は歌を書くことで、ハワイの文化と精神を後世に伝えようとしました。
その深い想いは、彼女が作った歌のひとつひとつに刻まれており、今もフラ(Hula)の舞台で踊り継がれています。
舞台に立つダンサーたちは、ただ振りをなぞるのではなく、女王の心の響きを身体で表現するのです。
だからこそフラを踊る人々にとって、リリウオカラニ女王の存在は特別であり、彼女のメレは今も生き続ける「ハワイの心」そのものなのです。
「アロハ・オエ」誕生の物語
リリウオカラニ女王(Liliʻuokalani)の名を世界に知らしめた曲と言えば、何といっても「アロハ・オエ(Aloha ʻOe)」です。
この曲は今やハワイを象徴する歌として世界中で知られていますが、その誕生には女王の深い想いが隠されています。
女王はオアフ島のマウナ・ヴィリ(Mauna ʻWili)という場所で、別れの場面を目撃しました。
ハワイの豊かな緑とそよ風の中、別れを惜しむ恋人たちの姿に心を打たれた女王は、その情景をメレ(Mele/詩や歌)に綴ったのです。
「Aloha ʻoe, aloha ʻoe, E ke onaona noho i ka lipo…」
(さらば、あなたよ、さらば。深い闇に香り立つ愛しき人よ…)
その旋律は優しくも切なく、人々の心に深く沁み渡ります。
しかしこの曲は単なる恋の歌ではありません。
女王がハワイ王国を失いつつあった時代背景を重ね合わせる人も多く、別れと哀しみ、そしてハワイへの尽きせぬ愛が込められていると語られています。
今もフラ(Hula)の舞台で「アロハ・オエ」が踊られるとき、多くのダンサーは恋の物語だけでなく、女王の苦悩と誇りを胸に刻みながら踊っています。
だからこそ、この曲を踊るフラダンサーたちにとって、女王のメレは単なる曲以上の「祈り」そのものなのです。
女王が遺した他のメレたち
リリウオカラニ女王(Liliʻuokalani)の作曲家としての才能は、「アロハ・オエ」だけに留まりませんでした。
彼女は生涯でおよそ150曲ものメレ(Mele/詩や歌)を残したと言われ、その多くが今もフラ(Hula)の世界で大切に踊られています。
たとえば「He Mele Lāhui Hawaiʻi」という曲は、かつてハワイ王国の国歌として使われ、女王自身が作詞作曲しました。
その歌詞には「祖国を守り、民を幸せに」という女王の強い思いが込められており、フラを通して今もその祈りが伝えられています。
また「Kuʻu Pua I Paoakalani」は、女王が自宅軟禁されていたときに作った曲で、外の世界への恋しさや祖国への愛が詠み込まれています。
このメレは静かで優しく、それでいて深い哀愁が漂い、踊る人も観る人も女王の孤独に心を寄せずにはいられません。
そして「Queen’s Prayer」は、女王が祈りを込めて作った賛美歌のような曲で、国の安寧と許しを願う美しいメレです。
これらの曲は、すべてフラとして踊ることができ、それぞれに異なる感情や物語を表現できるのが魅力です。
フラを愛する人たちにとって、リリウオカラニ女王のメレを踊ることは、ハワイの歴史を体で語り継ぐ特別な瞬間なのです。
現代フラに息づく女王の旋律
リリウオカラニ女王(Liliʻuokalani)が生み出したメレ(Mele/詩や歌)は、今もフラ(Hula)の世界で大切に踊り継がれています。
特に、女王の曲は「心を込めて踊らなければならない」と言われることが多いのです。
なぜなら、その歌詞一つひとつに、ハワイを愛する女王の深い思いが込められているからです。
ハワイ最大のフラ競技会「メリーモナーク・フェスティバル(Merrie Monarch Festival)」でも、女王のメレはしばしば課題曲として選ばれます。
その際、出場するハラウ(Hālau/フラ教室)のクムフラ(Kumu Hula/フラの師匠)たちは、女王の歌詞の意味を徹底的に調べ、踊りに込める感情を緻密に作り上げます。
たとえば「Kuʻu Pua I Paoakalani」を踊るとき、ダンサーは女王が閉ざされた部屋の中で外の景色を想い、祖国への愛を馳せる気持ちを自分の体で表現します。
観客もまた、その踊りを通して女王の心に触れ、静かに涙することさえあるのです。
女王のメレを踊ることは、単なる振付ではありません。
それは、ハワイの苦難の歴史を語り、未来への希望を繋ぐ「祈り」でもあるのです。
だからこそ、現代のフラの舞台でリリウオカラニ女王の曲が踊られるたび、そこにはハワイの誇りと女王への深い敬意が込められているのです。
歌に込めた女王の祈りを未来へ
リリウオカラニ女王(Liliʻuokalani)が遺したメレ(Mele/詩や歌)は、ただ美しい旋律に留まりません。
それらの歌には、祖国を思う切ない愛、民を守りたい強い願い、そしてハワイという島々が抱える運命への深い祈りが込められています。
女王の曲をフラ(Hula)で踊ることは、王族の物語を伝えるだけでなく、ハワイという土地の魂を表現する行為でもあります。
女王のメレを舞うダンサーは、その一つひとつの動きに女王の想いを重ね、遠い歴史を今に蘇らせます。
だからこそ、彼女の歌を踊ることは多くのフラダンサーにとって大きな誇りであり、責任でもあるのです。
今もハワイの空の下、そして世界中のステージで、女王のメレは響き渡り続けています。
それは、彼女が「ハワイを歌で守りたい」と願った、その想いが時を超えて生き続けている証なのです。
フラを愛する私たちは、その灯をこれからも絶やすことなく、未来へと繋いでいきたいものです。
参考文献:Noenoe K. Silva, Aloha Betrayed: Native Hawaiian Resistance to American Colonialism, 2004, Duke University Press; Davianna Pōmaikaʻi McGregor, Nā Kuaʻāina: Living Hawaiian Culture, 2007, University of Hawaii Press; Jon M. Van Dyke, Who Owns the Crown Lands of Hawaiʻi?, 2008, University of Hawaii Press; Ralph S. Kuykendall, The Hawaiian Kingdom Volume 3: 1874–1893, 1967, University of Hawaii Press; Gavan Daws, Shoal of Time: A History of the Hawaiian Islands, 1968, University of Hawaii Press