フラに舞う風──名前をもつハワイの風たち

目 次

語りかけるハワイの風たち

ハワイでは、風にも名前があります。しかもそれは単なる自然現象ではなく、人々の暮らしや祈り、そしてフラの中で大切に語られてきた存在です。たとえば「恋を運ぶ風」「香りを届ける風」「山から吹き下ろす神聖な風」──そんな風たちは、ハワイ語でひとつひとつ異なる名前で呼ばれ、その土地の記憶や物語を運んでくるのです。フラのメレ(歌詞)に登場するこれらの風たちには、それぞれに性格があり、時に語りかけてくるような不思議な魅力があります。今回は、フラでもよく知られる風の名前を5つ厳選して、その意味や背景をわかりやすくご紹介します。

参考文献:Malo, David. *Hawaiian Antiquities (Mo‘olelo Hawai‘i)*, Bishop Museum Press / Pukui, Mary Kawena. *ʻŌlelo Noʻeau: Hawaiian Proverbs and Poetical Sayings*, Bishop Museum Press

ケハウ──朝霧のようにやさしい風

「ケハウ(Kehau)」は、ハワイ島ヒロなど東側の地域でよく知られる、朝の霧とともに吹くやさしい風です。名前の響きもどこかやわらかく、詩の中では「恋人の吐息」や「心を静める風」といった意味で使われることがあります。特にヒロの地では、レフアの花とともにこの風が描かれることが多く、霧雨(ウア・キリ)とともにやってくるケハウは、**静かな愛情や郷愁の象徴**とされてきました。 フラのメレでは、ケハウは控えめでありながら印象深い存在です。決して激しくはないけれど、肌にふれてくる優しい風。踊りの中では、その静かな動きを通して、**過去を懐かしむ気持ちや、静かな祈りの感情**を表現する場面で登場します。

参考文献:Elbert, Samuel H. & Pukui, Mary Kawena. *Hawaiian Dictionary*, University of Hawaii Press / Kanahele, George S. *Hawaiian Music and Musicians*

ケハウ──夜明けとともに舞い降りる涼風

「ケハウ(Kehau)」は、ハワイ島のヒロ周辺で知られる朝の風です。特に夜明けに吹くことから「夜明けの」「露を運ぶ風」とも表現され、涼しさと清らかさを感じさせます。
フラの歌詞にこの風が登場するとき、それは始まりや目覚め、あるいは静かな感情の芽生えを象徴しています。
ケハウは、身体を包み込むようにやわらかく、優しい風。その風に乗って、朝露の香りやレフアの花の香りが運ばれてくるといわれ、メレに詩的な雰囲気を加えてくれます。

カマカニ・コナ──香りを運ぶ南風

「カマカニ・コナ(Ka Makani Kona)」は、ハワイで「南から吹く風」を意味し、特にオアフ島やカウアイ島などでよく語られる名前です。通常のトレードウィンド(北東風)とは逆向きに吹くため、**気候の変化を知らせる風**としても知られていますが、それ以上に、この風は**香りを運ぶ風**としてフラの中で大切にされています。 たとえば、プア・ケニケニ(花の名)やマイレの香りをこの風が運んでくるという表現は、恋人の気配を感じさせる情景としてメレに多く見られます。南風が吹くと、空気が重く甘く、まるで心の奥に届くような香りがふわっと包む──そんな詩的なイメージを、この風は担っています。 フラでは、**ゆっくりとしたステップや柔らかな手の動き**を通して、この風のしっとりとした質感を表現することが多く、踊り手が風そのものになって語りかけるような、優美なシーンが生まれます。

参考文献:Pukui, Mary Kawena. *Nānā i ke Kumu: Look to the Source*, Queen Lili‘uokalani Children’s Center / Handy, E.S. Craighill. *Native Planters in Old Hawaii*

カマカニ──風そのものに宿る力

「カマカニ(Ka Makani)」はハワイ語でただの「風」を意味する基本語ですが、**単なる自然現象としてではなく、人格や意志を持つ存在**として語られることが多くあります。特に古代の神話やチャントでは、風が神々のメッセージを運んだり、人々の心を試したりする力を持つものとして描かれています。 フラにおいても、「カマカニ」は単に背景をなすものではなく、踊り手の動きに魂を吹き込むような存在です。風が葉を揺らすように、腕や腰をしなやかに動かしながら、**風と一体になるように踊る**──その表現が、自然とのつながりを深く感じさせてくれます。 また、ハワイの詩では「風=恋心」や「風=記憶」として使われることがあり、ひとつの言葉に多重の意味が込められるのが魅力です。

参考文献:Pukui, Mary Kawena & Elbert, Samuel H. *Hawaiian Dictionary*, University of Hawaii Press

モアニ──香りを運ぶそよ風

「モアニ(Moani)」は、**花の香りや海のにおいをふんわりと運んでくるやさしい風**を意味します。特に夕暮れ時や明け方、空気が澄んだ時間に吹くこの風は、フラの世界でもよく詠われ、**恋人の存在を思い出させる風**として描かれることがあります。 「E moani ke ‘ala o nā pua」──「花の香りをそっと運ぶ風よ」というような詩句は、愛や郷愁、心の奥にある記憶を呼び起こす表現として、ハワイアンソングやメレの中にたびたび登場します。踊り手はこの風を感じるように、指先や腕の動きでやさしさやぬくもりを表現します。 モアニは、自然と心がつながるような、**感覚そのものを象徴する風**とも言えるでしょう。

参考文献:Beckwith, Martha Warren. *Hawaiian Mythology*, University of Hawaii Press / Pukui, Mary Kawena. *ʻŌlelo Noʻeau*

マラナイ──まどろみを誘う静かな風

「マラナイ(Malanaʻi)」は、**ごくかすかな風やそよぎ**を意味する言葉で、ほとんど感じられないほどのやわらかな空気の動きを指します。昼下がりのまどろみ、南国の午後の静寂のなかでそっと吹き抜けるこの風は、**優しさや親密さを象徴**する存在として、フラの中でも繊細な表現に使われます。 この風は、まるで自然が「愛しているよ」とささやいてくれるような、**見えないけれど確かにそこにある愛情のかたち**を伝えてくれます。踊りの中では、腕のしなやかな動きや、ゆっくりとしたターンによって、この穏やかな感覚が表現されることもあります。 「マラナイ」は、**感情の奥行きを描き出す**ために、フラにとって欠かせない“静の風”とも言えるでしょう。

参考文献:Pukui, Mary Kawena. *Hawaiian Dictionary* / Elbert & Mahoe. *Na Mele o Hawaiʻi Nei*

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