【歴史㉚】ハワイを揺るがす土地問題─アイデンティティをめぐる葛藤
土地とハワイアンの深い結びつき
ハワイの島々を歩いていると、あちこちで耳にするのがʻāinaという言葉です。
これは「土地」という意味ですが、単なる地面や場所のことではありません(Silva, 2004)。
ʻāinaとは、人々を養い、命をつなぐ存在であり、ハワイアンにとって家族や祖先、神々と深く結びついています(McGregor, 2007)。
昔から人々は畑や海辺を大切に使い、その恵みを家族やコミュニティで分け合いながら暮らしてきました。
こうした土地への思いは、今も伝統的な歌や踊りに息づいていて、フラの中でʻāinaを称える詩が多く使われています。
しかし19世紀、ハワイを大きく変えた出来事がありました。それがThe Great Māhele(大分割)です(Van Dyke, 2008)。
この制度で土地の所有のしかたが大きく変わり、多くのハワイアンが自分たちの土地を失うことになりました。
今もなお、この歴史がハワイの土地問題に影を落とし、土地はハワイアンのアイデンティティそのものを映す鏡のような存在であり続けています。
土地を失う痛みと文化への影響
19世紀のThe Great Māhele(大分割)は、ハワイの社会を大きく変えました(Van Dyke, 2008)。
それまで土地は共同で使い、家族や地域で分かち合うものでしたが、この制度により個人の所有という概念が持ち込まれました。
その結果、多くのハワイアンが登記の手続きに慣れていなかったため、自分たちのʻāinaを失う人が続出しました(Silva, 2004)。
土地を失うことは、単に家を失う以上の意味を持ちました。
ハワイアンにとって土地は、先祖とのつながり、文化の拠りどころ、神聖な場所でもあったからです(McGregor, 2007)。
フラやmele(歌)の多くには、土地の名前や自然の描写が織り込まれています。
それは人々が土地を失いながらも、文化の中でʻāinaを守り続けようとした証でもあります。
こうした歴史が、今も土地問題が単なる経済の問題ではなく、ハワイアンのアイデンティティそのものに深く関わる理由のひとつです。
土地問題が現代社会に残した影響
ハワイの土地問題は、過去の出来事にとどまらず、現代の暮らしや社会の在り方に深い影響を与えています。
例えば、オアフ島のワイマナロやカイルアでは、先祖の土地を取り戻す運動が続いており、土地の権利をめぐる裁判や交渉がたびたび報じられています(McGregor, 2007)。
土地を取り戻した人々は、その土地で伝統農法を復活させたり、フラやmele(歌)の教室を開いたりするなど、文化を守り伝える拠点として活用しています。
また、ハワイ語学校の増加や、地域での文化行事の復活も、土地とアイデンティティのつながりの表れです。
こうした取り組みは、ハワイアン自身が「自分たちの未来を自分たちで決める」という意思の表れとも言われています(Silva, 2004)。
土地を守ることは、文化を守り、次の世代へ伝えることにつながっているのです。
経済発展とのせめぎ合い
ハワイでは観光業や開発事業が経済の柱となっていますが、その裏で土地をめぐる葛藤が続いています(Van Dyke, 2008)。
ビーチや山、海辺など、美しい自然や歴史的な場所が開発計画の対象になることも多く、地域住民の間で意見が分かれることも少なくありません。
例えば、マウイ島ではリゾート開発が進んだ結果、伝統的に利用されてきた漁場が制限される問題が起きています(McGregor, 2007)。
「観光は大事だけど、先祖が暮らしてきたʻāinaを失いたくない」という声が、多くのハワイアンから聞かれます。
経済の発展を選ぶのか、文化と土地を守るのか──この選択は簡単ではなく、ハワイ社会にとって今も大きな課題です。
こうした状況は、土地問題が単なる地域の話ではなく、ハワイ全体の未来に関わる重要なテーマであることを示しています。
アイデンティティを守り続ける人々の挑戦
ハワイでは、土地問題が過去の歴史だけでなく、人々が「自分たちは何者か」という問いと深く結びついています(Silva, 2004)。
土地を失う痛みを経験したハワイアンたちは、フラやmele(歌)、ハワイ語教育を通じて文化を守り続けてきました。
近年では、若い世代がSNSを活用し、自分たちの言葉で土地や文化の大切さを発信する動きが広がっています(McGregor, 2007)。
伝統を受け継ぎながらも、新しい方法でアイデンティティを表現するその姿は、ハワイ文化の強さを示しています。
「文化は過去のものではなく、今を生きる力だ」という考え方が、ハワイのさまざまな運動の中に共通して息づいています。
次の記事では、こうしたアイデンティティを守る人々が、未来に向けてどのような挑戦を続けているのかを、さらに詳しくお伝えします。
参考文献:Noenoe K. Silva, Aloha Betrayed: Native Hawaiian Resistance to American Colonialism, 2004, Duke University Press; Davianna Pōmaikaʻi McGregor, Nā Kuaʻāina: Living Hawaiian Culture, 2007, University of Hawaii Press; Jon M. Van Dyke, Who Owns the Crown Lands of Hawaiʻi?, 2008, University of Hawaii Press; Candace Fujikane, Mapping Abundance for a Planetary Future: Kanaka Maoli and Critical Settler Cartographies in Hawaiʻi, 2021, Duke University Press; Gavan Daws, Shoal of Time: A History of the Hawaiian Islands, 1968, University of Hawaii Press