【歴史㉑】王国からアメリカへ─変わりゆくハワイの時代を辿る
王政廃止とハワイ共和国の誕生
1893年1月17日、ハワイ王国の最後の女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)は廃位を迫られました。
白人実業家や外国人勢力が中心となり、臨時政府(Provisional Government)が樹立され、王政は終わりを告げます。
翌1894年、臨時政府はハワイ共和国(Republic of Hawaii)の成立を宣言し、サンフォード・ドール(Sanford Dole)が大統領に就任しました。
王国を失った民衆の間には大きな喪失感が広がりつつも、一方で政治の近代化を歓迎する声もあったと言われています。
この時代は、王国の伝統と新しい体制が激しくせめぎ合う、歴史の大きな転換期でした。
出典:Hawaiian Historical Society
アメリカ併合への道
ハワイ共和国(Republic of Hawaii)は独立国家としての道を模索しましたが、経済的・軍事的な不安定さが続いていました。
その中で、アメリカ合衆国(United States)への併合を支持する声が強まり、1898年、アメリカ議会はニューランズ決議(Newlands Resolution)を採択し、ハワイ併合を正式に決定しました。
これにより、ハワイはアメリカの領土となり、王国時代から続いた独立の歴史は完全に終わりを告げます。
併合を歓迎する移民や商人たちがいる一方、ネイティブ・ハワイアンの間には「自分たちの国を奪われた」という深い悲しみと反発が残りました。
こうした複雑な思いは、その後のハワイの歴史に大きな影響を与えることになります。
出典:Hawaiian Historical Society
アメリカ準州時代──変わりゆくハワイ社会
1898年の併合後、ハワイはアメリカ合衆国(United States)の準州(Territory of Hawaii)となりました。
新しい時代が始まる中、ハワイの経済はサトウキビ(sugarcane)産業を中心に急速に発展しました。
同時に、日本、中国、ポルトガルなどから多くの移民が流入し、ハワイ社会は多民族国家としての特色を強めていきます。
一方で、ネイティブ・ハワイアンの人々は土地を失い、政治から遠ざけられることが多く、文化や言語も危機にさらされました。
しかし、彼らの中には伝統を守り続ける人々もおり、フラ(Hula)やハワイ語(Hawaiian language)の火を絶やさない努力が静かに続けられていました。
この準州時代は、経済成長と文化喪失が同時に進む、複雑な歴史の時代でした。
出典:Hawaiian Historical Society
ハワイ州昇格への道
第二次世界大戦後、ハワイはアメリカにとって戦略的にますます重要な地域となりました。
経済も観光産業の発展により大きく変わり、人々の暮らしが豊かになりつつありました。
こうした流れの中、州昇格(Statehood)の声が高まり、1959年、ハワイはアメリカ合衆国(United States)の50番目の州となりました。
ハワイ州昇格の裏側には、経済発展への期待とともに、軍事拠点としての価値が重視されていたという現実もありました。
ネイティブ・ハワイアンの中には、この変化を歓迎する声もあった一方で、祖先の国を失うことへの複雑な思いを抱える人々も少なくありませんでした。
こうしてハワイは、王国からアメリカ州へと姿を変えつつも、文化の中には王国の記憶を色濃く残していくことになりました。
出典:Hawaiian Historical Society
ハワイ王国が遺したもの
ハワイがアメリカ合衆国(United States)の州となった今も、ハワイ王国の記憶は人々の心の中に生き続けています。
フラ(Hula)、ハワイ語(Hawaiian language)、そして「アロハ」の精神は、かつての王国の文化と誇りを伝える大切な遺産です。
近年では、王族の歴史を見直し、ネイティブ・ハワイアンの権利回復を目指す運動も盛んになっています。
観光地としての華やかさの裏で、ハワイの人々は自分たちのルーツを守り、未来へつなごうとしているのです。
王国を失った悲しみを超えて、ハワイの文化は今も強く、美しく息づいています。
今後の記事では、こうした文化復興やネイティブ・ハワイアンの現代の姿について、さらに詳しくお伝えしていきます。
出典:Hawaiian Historical Society