【歴史⑳】アロハ・オエに託した想い─リリウオカラニ女王と失われた王国
王国崩壊──廃位と臨時政府の誕生
1893年1月17日。
ホノルルの街を、これまでにない不穏な空気が覆いました。
アメリカ合衆国(United States)の旗が掲げられ、ハワイ王国の運命が急速に動き始めたのです。
女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)は、イオラニ宮殿(ʻIolani Palace)の奥深くで祈り続けながら、王国を救う方法を必死に探していました。
しかし、武装した反対派は臨時政府(Provisional Government)の樹立を宣言し、王国の存在そのものを否定し始めたのです。
「血を流してはならない」──その信念が、女王に武力行使を選ばせませんでした。
ついに、女王は王座から退く決断を下し、民の平和を守るため臨時政府へ統治を一時的に委ねる声明を出しました。
王国最後の女王が筆を執り、涙で滲む文字をしたためたその日、ハワイ王国という独立国の歴史は幕を閉じようとしていたのです。
出典:Hawaiian Historical Society
女王を閉ざした宮殿の鉄扉
臨時政府(Provisional Government)の樹立から間もなく、女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)はイオラニ宮殿(ʻIolani Palace)の一室に軟禁されることになりました。
かつて王族の祝宴が開かれた豪華な宮殿は、その日から女王にとって「牢獄」と化したのです。
外の庭では軍靴の音が響き、人々のざわめきが絶えませんでした。
窓の外を見つめる女王の瞳は、遠くダイヤモンドヘッド(Diamond Head)の稜線を追いながらも、深い孤独に沈んでいたと伝えられています。
「私の愛する民は、いまどこで何を想っているのか」──そんな女王のつぶやきが、広い部屋に静かに消えていったそうです。
重い鉄の扉が閉まる音は、王国が終わろうとしていることを女王に容赦なく告げる響きだったに違いありません。
出典:Hawaiian Historical Society
獄中の日々と「アロハ・オエ」誕生秘話
イオラニ宮殿(ʻIolani Palace)の軟禁生活は、女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)にとって孤独との戦いでした。
外の世界では臨時政府(Provisional Government)が支配を固め、王国を取り戻す希望はかすむばかりでした。
宮殿の部屋には光がわずかに差し込み、女王は小さな机に向かい、日記を書き続けたと伝えられています。
その文字には、民を想う言葉と、ハワイの自然への愛が綴られていました。
そんな閉ざされた日々の中で、女王の心から生まれたのが、名曲「アロハ・オエ(Aloha ʻOe)」です。
「別れは悲しいけれど、再び会う日を信じています」──その旋律と詩は、民への深い愛と、国を失う悲しみが溶け合うものでした。
今もなお「アロハ・オエ」は、ハワイの魂を語り続けています。
出典:Hawaiian Historical Society
自由を取り戻した女王の孤独
幽閉の日々を終えた女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)は、表向きは自由を取り戻しました。
しかし、それは王国を失い、民の王女ではなくなった女王にとって、決して喜びだけの解放ではありませんでした。
ホノルルの街を歩く女王の姿を、人々は遠巻きに見つめ、かつての威光は過去のものとなりつつありました。
それでも女王は、民への愛を失わず、土地を失った人々のために法廷で戦い続けました。
「私は女王である以前に、ハワイの民の一人です」──女王の言葉は、弱い者を見捨てない強い信念に満ちていました。
晩年の女王は、執務机に向かい、ハワイ王国の歴史を書き残すことに力を注いだと言われています。
彼女の瞳には、いつか再び民と国が結ばれる日を信じる、かすかな光が宿っていたのです。
出典:Hawaiian Historical Society
ハワイに遺した女王の想い
1917年11月11日。
ホノルルの空はどこまでも青く澄み渡る中、女王リリウオカラニ(Liliʻuokalani)は静かに息を引き取りました。
その最期の瞬間まで、女王の心には民への愛と祈りがあったと言われています。
「私は最後の女王でもあり、永遠の民の母でもあります」──彼女のこの言葉が、人々の心に深く刻まれています。
彼女が遺した「アロハ・オエ(Aloha ʻOe)」は、今もハワイの人々に愛され、別れの歌でありながら、再び会える希望を告げる歌として歌い継がれています。
ハワイ王国の旗が下ろされても、女王の民を想う心は、フラ(Hula)の中に、歌の旋律の中に、そしてハワイの風の中に生き続けています。
次の記事では、王国の終焉の後に続くハワイの歴史を辿りながら、女王の遺した遺産が現代にどのように息づいているのかをご紹介します。
出典:Hawaiian Historical Society