ハワイの太陽と甘い記憶 ─ドール・パイナップルの物語

目 次

ドールパイナップルの原点

1901年、ジェームズ・ドールは364ドルというわずかな資金を手に、ワヒアワの乾いた荒れ地に降り立ちました。誰も見向きしないパイナップルの苗を植えた初年、収穫はわずか12箱。

しかし、昼夜を問わず畝を歩いて土を観察し、南国の太陽を浴びせることで、翌年にはかつてない甘さを実現。彼の諦めない探究心が、島を“パイナップル王国”へと変える原動力となったのです。

アメリカ併合後のパイナップル農園(1898–1959)

出典: Digital Archives of Hawaiʻi. “Pineapple Fields” (public domain)

挑戦と革新

ある夜の豪雨で苗が倒れたとき、ドール自身が懐中電灯片手に畑へ走り、手掘りで排水路を延長。翌年、その排水路の恩恵で糖度が20%以上向上。

1913年には工場と畑を結ぶ専用鉄道「パイナップル・エクスプレス」を敷設し、缶詰ラインを自動化。こうして生産効率は飛躍的に向上し、一躍世界市場でのトップブランドへと駆け上ったのです。

移民が支えた工場

ドール社のワヒアワ工場は、日系・中国系・ポルトガル系・フィリピン系など、多彩な移民労働者たちによって支えられました。彼らは真夜中まで続くライン作業の合間に母国語で歌い笑い、その連帯感が厳しい現場を温かく包みました。

こうして築かれた “家族” のような職場環境が、高品質な缶詰パイナップルを生み出す大きな要因となったのです。

初期のDoleパイナップル畑空撮 (c. 1940)

出典: University of Hawaiʻi at Mānoa Library Digital Collections. “B-114-11 Dole Pineapple” (public domain)

体験型農園の魅力

現在のドール・プランテーションは、観光と学びを融合させた体験型施設です。

ギネス認定の巨大パイナップル迷路で迷子になり、蒸気機関車を模した「パイナップル・エクスプレス」に揺られながら畑を一周。最後には濃厚な果汁100%ドールホイップを頬張り、その甘さと冷たさに童心に返ることでしょう。

公式ウェブサイト ドールプランテーション

味わいと物語の余韻

パイナップルを口に含む瞬間、100年以上にわたる挑戦と多文化の歴史が一気に蘇ります。ワヒアワの畑で汗を流した人々の物語が胸に染み渡る ─ そんな余韻を、次回の訪問でぜひ体感してみてください。

Dole Plantation Official Website State of Hawaii Archives “Pineapple Industry Records” Hawaii Tourism Authority “Dole Plantation Overview” “James Dole Biography.” Hawai‘i History Encyclopedia Chronicling America: Historic American Newspapers (Library of Congress)

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