【歴史⑥】波乱の若き王カメハメハ2世─カプ廃止が揺るがせたハワイの運命

目 次

若きカメハメハ2世と父王の影

ハワイを一つにまとめあげ、大王と称えられたカメハメハ1世が世を去ったとき、その後を継いだのはまだ二十歳そこそこの息子、カメハメハ2世でした。

カメハメハ2世は幼名を リホリホ(Liholiho) といい、父とはまったく異なる空気をまとった若者だったと伝えられています。カメハメハ大王は鋭い眼光と圧倒的な威厳で人々を圧倒し、恐れられる存在でした。しかしカメハメハ2世は穏やかで人懐っこく、笑顔を絶やさぬ性格であったと記録に残っています。史料には「可愛らしさすらあった」と記されるほど、その人柄は柔らかで、周囲に安心感を与える王だったといいます。
けれども、その柔らかな笑顔の裏には、常に父の偉大さという巨大な影が付きまとっていました。ハワイを統一するという歴史的偉業を成し遂げた父と比べられ続けることは、若き王にとって大きな重荷だったに違いありません。人々の視線にはいつも「父ならどうしただろう」という期待と比較が潜んでいたのです。

こうして、若き王カメハメハ2世の治世は、父の影と世間の視線の狭間で幕を開けました。

Hawaii State Archives(https://digitalarchives.hawaii.gov/)

カプ制度とは何だったのか

カメハメハ2世が直面した最大の壁のひとつは、父の代から続くカプ(kapu)制度でした。「カプ」とはハワイ語で「タブー」を意味し、王や神官たちが人々を統治するための厳格な掟でした。この制度は単なる宗教上の規則にとどまらず、政治や法律、さらには人々の日常生活の細部にまで及び、ハワイ社会を支配する絶対的なルールだったのです。
特に女性に課されたタブーには、次のようなものがありました。
  • 男性と同じ食卓を囲むことが禁じられていた(男と女が共に食事をすると、男性のマナ(神聖な霊力)が弱まり、王権や神との結びつきが損なわれると信じられていたため)
  • バナナを食べることが禁じられていた(長く真っすぐな形が男性の生殖器を象徴するとされ、女性がそれを食べる行為は神聖さを汚す性的な冒涜とみなされたため)
  • ココナッツを食べることが禁じられていた(割ったときの内側の形が男性の睾丸に例えられ、女性がそれを口にするのは不敬と考えられていたため)
  • 豚肉を食べることが禁じられていた(豚は宗教儀礼で神に捧げる重要な供物であり、女性が食べることでその神聖さが失われると信じられていたため)
  • ある種の魚を食べることが禁じられていた(魚の中には神々の化身とされるものがあり、女性がそれを口にするのは神への無礼と考えられていたため)
  • 女性が座っている場所に男性が近づくことすら禁じられていた(女性には月経などの身体的な「穢れ」があるとされ、それが神聖な男性に移ることで神の怒りを買うと信じられていたため)
  • 禁を破った者には死刑が科せられることもあった(人々の行いが神の怒りを呼び寄せ、作物の不作や自然災害をもたらすと恐れられていたため、秩序維持のために厳罰が必要とされた)
  • カプを破ると神の怒りが下り、雷が落ちると信じられていた(ハワイでは自然現象は神々の意思の表れとされ、雷鳴はとりわけ神の怒りを示す徴と考えられていたため)
このようにカプ制度は女性の暮らしに特に厳しくのしかかり、王でさえ容易には変えられない巨大な力を持っていました。しかし時代は変わり始めていました。西洋の文化や宗教が少しずつ流れ込む中で、若き王の胸の内には、長く続いてきたカプ制度への疑問がひそかに芽生え始めていたのです。

出典:Hawaiian Historical Society(https://www.hawaiianhistory.org/)

王が選んだカプ廃止という決断

ハワイの浜辺には西洋の船が頻繁に姿を現すようになり、キリスト教や西洋文化が島々に少しずつ流れ込んでいました。それは若きカメハメハ2世に大きな影響を与えていました。彼は王としての責務を果たそうとする一方で、父カメハメハ1世とは違う、新しい考え方にも心を惹かれていたのです。
そんなカメハメハ2世の周りで大きな存在感を放っていたのが、カアフマヌ(Kaʻahumanu)女王でした。彼女はカメハメハ1世の妻でありながら、夫亡き後も絶大な権力を持ち、ハワイ王国の実質的な政治の舵を握っていました。カアフマヌは強い意志を持つ女性で、古い掟で女性が不当に縛られている現実に我慢ができなかったのです。
彼女は常々、王にこう訴えていました。「男女が平等でなければハワイは新しい時代を迎えられない」。その言葉は若き王の心に深く刻まれていきました。しかしそれは、単なる政治的な問題にとどまるものではありませんでした。カプ制度を破ることは神々の怒りを買うと信じられており、カメハメハ2世の胸中には、神の怒りへの恐怖と、新しい時代を切り開きたいという願いが激しく渦巻いていたのです。

出典:Hawaii State Archives(https://digitalarchives.hawaii.gov/)

雷が落ちなかった夜──宮廷の食卓での革命

そして、ある夜、ハワイ王宮の食卓で歴史を揺るがす出来事が起こりました。カメハメハ2世は、カアフマヌ(Kaʻahumanu)やケオプオラニ(Keōpūolani)ら高貴な女性たちとともに、堂々と同じ席に座り、それまで女性が口にすることを許されなかった食べ物を次々と口にしたのです。
女性たちも王に続き、これまでタブーとされてきた料理を食べ始めました。その中にはバナナやココナッツ、豚肉、ある種の魚などがありました(これらは古代ハワイで男性の象徴とみなされたり、神聖な供物とされ、女性が口にすることは神への冒涜と信じられていた)。
その場にいた家臣たちは恐怖で息を呑み、誰もが「神々の怒りが今にも王を打つに違いない」と思い込んでいました。家臣たちの目は天井を見つめ、宮殿の屋根を突き抜けるような雷鳴が鳴り響くのを待ち構えていたのです。
しかし空は不気味なほど静まり返り、どこにも雷は落ちませんでした。神々の怒りは王の頭上を避けるように沈黙し、その出来事は瞬く間に島中に広がっていきました。人々の心に刻まれたのは、「神々は怒らなかった」という事実でした。この夜を境に、カプ制度はもはや絶対のものではなくなり、その力は大きく揺らぎ始めたのです。

出典:Hawaiian Historical Society(https://www.hawaiianhistory.org/)

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